小麦な生活

パンとチーズ fumoto

神奈川県大磯町

「ご主人が小麦を栽培し、奥さんがパンを焼いている小さなパン屋さんがある」と聞き、大磯町のパンとチーズ fumoto(麓)のテントを訪ねた。

大磯町は明治時代から政財界の別荘が立ち並ぶ保養地、海水浴場として開けた地。 現在でもその面影を残す風情のある町である。お店は駅から続く小路を通り抜けた先の閑静な住宅地の中の駐車場にあった。

青空の下、輝くような鮮やかな黄色いテントの横に、開店時間の午前11時半にはすでに行列ができていた。木曜と土曜の週2日の営業。 評判が口コミで広がり、開店して1〜2時間で売り切れてしまうそうだ。

パンは国産小麦、ブドウからおこした自家製の天然酵母種を使って、奥さんの青沼昌子さんが自宅のパン工房で一人で焼いている。 バゲット、カンパーニュ、食パン、オリーブのリュスティックなどが並ぶ。 チーズを使ったパンもあり、パンに合うチーズの試食もさせてもらえる。隣りでは、地魚・地場野菜の販売もあり賑わっている 。

ご主人の青沼一彦さんにお話を伺った。一彦さんは東京都世田谷区出身。東京農業大学で農業経済を学んだ。卒業後広告代理店に勤務。 仕事はやりがいがあったが、自分が本当にやりたいこととは違うのではないかという思いに駆られ、北海道入植に応募したが年齢制限で断念、会社務めの傍ら、小田原のNPO法人「あしがら農の会」に参加し、小田原で有機農産物の栽培を始めた。 畑の景色はとても美しく、夕日を見ながらやっぱり農や食にかかわる仕事がしたい、と思ったそうだ。 その後、お子さんが喘息だったこともあって、栽培地に近く空気のきれいな大磯町に引っ越した。パンが大好きな青沼さん夫婦はこの頃からパン屋さんをやる夢を持ち始めた。 この夢に向かって、昌子さんは本格的にパン教室に通い、自宅内にパン工房を作った。 一彦さんは「あしがら農の会」で小麦の栽培も始め、今年の2月に一念発起して会社をやめ、夫婦の二人三脚のパン屋さん、パンとチーズ fumoto をスタートした。

起業してから昌子さんの生活はにわかに忙しくなった。販売の当日は朝まで一晩中パンを焼き続ける。 手間を惜しまずリュスティック用のオリーブも、種抜きの物は使わな い徹底ぶりだとか。新しいパンの試作にも日々トライしている。 一彦さんはサ ポート役に回り、販売日には家事を全て担当。 二人のお子さんも洗濯などを手伝うようになった。 fumotoはまさしく家族が力を合わせてやっているパン屋さんなのである。

現在使っている小麦は、北海道のハルユタカ、キタノカオリ、三重県のニシノカオリ。 このニシノカオリを地元産の小麦に替えていくために現在大磯町にも耕作地の相談をしているとのこと。  

そして今後、一彦さんがやっていきたいことは、「食育」。 「十歳までに何を食べるかでその人の味覚や食生活が決まる。 さらに、老後まで何を食べていくかで健康で長生きできるかが決まるんです。だから何をどう食べていったらいいのかを教育することはとても大切なこと。 このことを、『街角マルシェ』で、『小麦畑のイベント』で、時と場所を変えながら、地域の人達に少しずつでも伝えていきたい」「有機野菜に興味を持ち、 自分でもつくりたいと思う人達と一緒に市民農(市民による農業)をやりながら、今後の日本にあるべき『食の供給システム』も考えていきたい」と一彦さんは語った。

「町の小さなパン屋さん」のキーワード

テント販売

店舗のコストを削減でき、またフレキシブルに販売所を設置できる。近年イベントや路上販売などパンのテント販売がよく行われている。

焼きたてがおいしい

Fumoto の昌子さんによると、「郵送して欲しいとのご依頼もあるが、出来るだけ焼いた当日に召し上がっていただきたいので、通信販売はお断りしている。」
「テントでもその日に食べ切れる分だけ買っていただきたい」という。
気泡が細かくモッチリとしたパンは焼くと皮はカリッとして芳ばしく、中は弾力のある食感が独特だ。 国産小麦を使ったパンの特性なのかも知れない。

パンに合うチーズ

fumotoでは神楽坂にある チーズ専門店から仕入れたフレッシュチーズを使ったパンを焼いたり、パンに合うチーズの試食販売もしている。

街角マルシェ

中世からの歴史があるフランスの町の市場(マルシェ)のように週末などに大磯町(および近郊)で収穫された野菜、果物をテント販売するというのがfumotoの一彦さんの夢。 パリのマルシェは数十点在しており、どのエリアからも15分も歩けば最寄りのマルシェにたどり着くことができる。

買い物難民

外出が困難だったり、商店街やスーパーが遠くて買いに行けない人々のこと。高齢化が進んだ町や山間部・ドーナッツ現象が進んだ都市部における社会課題。 「街角マルシェ」でfumotoの一彦さんが解決したい課題の一つ。

「あしがら農の会」

小田原のNPO法人。現在約130人が参加し、有機農法で、小麦、米、大豆、お茶などを栽培している。 fumotoの一彦さんは3年前から小田原市のみかん畑を再利用し9家族の市民農家と共同で有機の小麦づくりに挑戦している。

市民農

新鮮でおいしい農産物を作りたい・食べたいという市民ニーズは高く市民農園の多くはフル稼働。 TPPへの交渉参加を背景に、こういった「市民農」(市民による農業)が耕作放棄地の再生の担い手として期待されている。 また、農作業が健康増進につながるということで高齢社会に向け市民農園が注目されている。

パンとチーズ fumoto 神奈川県中郡大磯町西小磯 789
0463-79-8100
http://oiso-fumoto.com/