日本人の「めん」に対する思いは、古くから日本人の心に奥深く根付いているのではないかという仮説のもと、日本に異文化が入る前(江戸時代)から作り続けられている郷土料理の「小麦めん」について調べてみました。
今日、「小麦めん」というと、外食するか、お金を出して買ってくるものです。 しかし、かつて「めん料理」というのは、自分の家でつくった小麦や雑穀の粉を使って、 自分の家で打ち、料理して食べるもの(自給自足)、庶民の腹を満たす生活の糧(かて)でした。 しかも、それはそれほど遠い昔の話ではなく、昭和に入ってからも戦前まではそういった食風景が一般的で、各地に様々なふるさとの「めん料理」のレシピが存在していることもわかりました。そういった事実を知ると、貧しい生活を嘆くのではなく、多彩で豊かな食文化を謳歌してきた人々の顔が浮かんで見えてきます。
小麦は、凶作や飢饉に備えて、また米の代替食として江戸の中期頃から米の裏作として栽培されるようになりました。特に米の栽培に向いていない水利の悪い平野部や中山間では、小麦や雑穀は命を支える大切な穀物であり、特に、現在の岩手や、群馬・埼玉をはじめとする北関東、富士山麓(山梨・静岡)、 そして、東海の愛知・岐阜、香川・兵庫・岡山などの瀬戸内地方、佐賀・大分をはじめとする北九州では小麦の栽培が盛んだったのです。 これらの地域では「めん」(小麦料理)は、まさしく生活の糧(かて)であり、主食としてのめんは「かて」などと呼ばれていました。 「かてめん」は人々の命を支えていたのです。
小麦を製粉する水車が普及したのも江戸中期以降。農業水路の整備が背景にあるといいます。 「車屋」などという製粉・製めん業を生業とする店があり、農家は自分でつくった小麦を預けて、小分けで小麦粉やうどん・そうめんに替えてもらっていたそうです。 また、小麦は江戸時代から換金作物として流通しており、廻船によって九州の小麦が大阪に運ばれ、茨城の小麦は千葉・銚子の醤油の原料として取引されていました。 小麦は「地産地消」ではない側面も持ち合わせていたのです。
※「かてめん」は、今回の記事を作成するにあたり「主食としてのめん料理」と定義したカテゴリーの名称です。「めん」は今日、細長いめん状の食品を指しますが、ここでは小麦生地の形を多様に変化(へんげ)させてゆでる、多彩な小麦料理群のことを意味しています。
昔(大正14年)
農林省「統計表」(大正14年)
現在
農林水産省「作物統計」(平成22年)
現在
総務省「家計調査」(平成21年)
小麦めんは、四季折々、様々な生活風景の中で多彩な食べられ方をしていました。
1. 日常(ケの日)の主食
[ひっつみ(つみっこ・とっちゃなげ)、はっと、だご、ほうとう]
忙しい農作業から帰ってお母さんがさっと作れる、省時間・省手間が身上のめん料理。生地からめんを作ったらすぐに鍋に入れるため、
煮汁にとろみがつき、めんに味がしみ込むのが特徴。国産の柔らかい小麦に合った料理。
その時その時、自分の家の畑にある季節の旬の野菜をたくさんれて煮込む(小麦粉の節約にもなる)、
栄養満点のおふくろ料理である。作り方が簡単なので子どもでも手伝える。余っためんは翌日に煮返したり、
3の間食やおやつにする。ケ(日常)の料理なので見た目は気にしない。
小麦粉は貴重なのでふすま(小麦の外皮)や雑穀を混ぜることも多く、めんの色は少し黒い。
調味料は味噌を使うことが多い。現代のカレーライスのようなものといえるかもしれない。
2. 冠婚葬祭・行事・仏事(ハレの日)の主食
麦切り(うどん)、切り麦(麦切り)、そうめん]
生地を包丁で切って一度煮てから使うめん、あるいは乾めんは、手間がかかったり高価なため、
冠婚葬祭や行事、仏事など特別なハレの日に使う。(江戸時代には庶民が日常に食べることが禁じられている地域もあった)。
一緒に煮込むのではなく、ゆであがっためんの上に汁をかけたり、つけ汁で食べることが多い。
色が白く穢れがない精進料理(魚や肉を一切使わずに調理された食事)として仏事の食事に使われる。
調味料はつゆが濁らない醤油を使い、精進料理以外は砂糖・だしを入れて甘めに味をつけることが多い。
3. 間食・おやつ
農作業の合間に小腹を満たす間食、子どものおやつ。めんをあずきと甘く煮たり(あずきぼうとう、
じょじょ切り等)、砂糖入りのあん(へらへら団子等)やきなこ(やせうま等)、砂糖醤油をまぶしたりする。
余った「かてめん」を活用することもある。お母さんは仕事で忙しいのでおばあちゃんが作ってくれたりする。
4. 涼をとる
夏には「小麦めん」を川の水や井戸で冷やして、主につけ汁で食べる。冷やしぼうとう、冷やしうどん、冷やしそうめん、そうめんながし、冷や麦(冷たい切り麦)、たらいうどんなど。
※注:下図は編集部が小麦めんをおおまか・大胆に分類したものであるが、実際には各地のめんは非常に多種・多様である。