小麦な生活

「パン動詞」は生きるための技術。

色々なパンについて調べていくうちに、「パンの動詞」はそれぞれの国・地域の歴史や文化を背景とした生活技術であることがわかってきた。人々の日々の暮らしの中にはいつも生活の糧としてのパンがあり、パンをつくる人がいた。飢えをしのぎ、うれしさを皆でわけあい、悲しみや苦しみを和らげ、忙しい時には時間を節約し、神や君主を讃え、幸せな時をより楽しむための技術、つまり「パンの動詞」とはいきていくための技術なのだ。


2. 伸ばす

Rumali Roti(ルマリ・ロティ)
インドやパキスタンのドーム型の鉄板で焼く直径が数十センチもある大きなパン。 Rumaliとは「ハンカチのような」の意味。きれいに折り畳まれ、カレーなどと一緒に食べる。 Rumali Roti のルーツと思われるのが、中東のペルシア湾沿岸の国々で食べられるSaji というパン。 生地がやや薄く、やはり折り畳まれて売られている。肉や野菜を包んで食べる。

グルテンの多い小麦粉を使い、常温で固体の油(ギー)や牛乳を加えて柔らかくし、 生地をくるくると回して遠心力で組織を伸ばす。生地が縮まないよう、伸ばしたらすぐに高熱の鉄板で短時間で焼く。
3. 巻く

Strudel(シュトゥルーデル)
生地を大きな布の上で広く薄く伸ばし、リンゴやサワーチェリー、干しブドウなどの果物を巻き込み、 バターをたっぷりのせて、薄焼き卵のようにくるくると焼くパン。オーストリア、ハンガリー、チェコ、ルーマニアなど中・東欧で食べられる。 甘くないタイプもある。生地は透き通って見えるぐらいに薄く伸ばす。 Strudel(シュトゥルーデル)とは「渦巻き」の意味。 18世紀にハプスブルク君主国のパンとして広まった。 最も古いシュトゥルーデルのレシピは1696 年の手書きのものだそうだ。

生地に弾力を出すためグルテンの多い小麦粉が使われる。 生地を薄く伸ばすためにバターなどの常温で固体の油脂を使う。
4. 編む

Zopf(ツォップフ)/ Challah(ハッラー)
カトリック教徒・ユダヤ教徒が安息日や祝祭日に食べる「編みパン」。スイスではZopf、 イラクやイラン系ユダヤ教徒の間ではChallahと呼ばれる。起源は古くエジプトのピラミッドからも出土した。 宗教的な意味合いがこめられ、旦那さんが亡くなると奥さんが殉死する代わりに「編みパン」(女性の編み髪)が添えられたとも言われる。 18世紀に中・東欧で流行してから、白い小麦粉で作られるようになった。

スイスではフランスパン用の小麦粉を使い、バターや牛乳、卵を入れて焼くためしっとりと柔らかになる。
5. 包む

Cornish Pie(コーニッシュ・パイ)
英国のCornwall(コーンウォール)地方に伝わる伝統的なパイ。 牛肉、にんじん、ジャガイモ、カブ、タマネギなどを包み、高温のオーブンで焼く。 もともとは鉱山で働く人々のお弁当だった。鉱石には毒があるため、パンに手を触れないで食べられることがメリットだった。 鉱山にはパイを温めるオーブンがあり、パイで暖をとった。生地を閉じる時に縄模様をつけるのが伝統。 ここがはぜると「悪いことが起きる」という言い伝えがある。

高温で焼いた固い皮に包まれているため、パイの保温性が高く、 雑菌が入らず傷みにくい。冷めて固定化したデンプンによって形が保たれる。
6. 捻る

Twist Bread(ツィスト・ブレッド)
カナダの大自然を歩く際に考案された捻りパン。棒に生地をねじりながら巻きつける。 子供でもつくれる簡単なアウトドアでの定番である。全粒粉にベイキングパウダーを持ちい、 発酵をさせずに短時間で焼き上げるため、キャンプなど野外でも迅速に食事の準備ができる。 ルーツはスコットランド、アイスランド、英国北部に伝わる石の上で焼く小麦料理で、英国(スコットランド)人がカナダに持ち込んだと言われている。

棒を回しながらくるりと巻きつける。生地を粘土の様に扱いやすくし、 棒に密着するようにグルテンの多い小麦粉を使う。
7. 剥がす

Pull-Apart Bread(プル・アパート・ブレッド)
米国のカジュアルな朝食に食べられる、小さな生地をいくつか並べて焼いたパン。各自自分で剥がして食べることができる。 スライスしたり四角く切った生地を並べて焼くタイプ、ビスケットを形に詰め込んで焼いて ひっくり返すタイプなどを総称してPull-Apart Breadと呼んでいるようである。 復活祭などの祭日に食べられることも多く、中世にシナモンが入ったバターロールが香辛料と一緒に世界中に広がったのがルーツとも言われる。

生地にシナモンシュガーをまぶし、高さを不揃いにして並べると、癒着せず、焼き上がってから剥がしやすい。
8. 挟む

Sandwitch(サンドイッチ)
パンに肉や野菜等の具を挟むパン料理。日本でポピュラーなのは8~10 枚切りの薄い食パンを使ったもの。 「サンドイッチ」という名称がついたのは、18世紀に英国のサンドイッチ伯爵がゲームや仕事をしながら食べたエピソードに基づくというのが通説である。 産業革命とともに食の利便性が求められ、19世紀には英国・スペインに、20世紀には世界中に広まった。 中でもアメリカのサンドイッチは立派な食事パンである。

パンに具の水分が移らないよう、食べる直前に挟み、バター、マーガリン、 マヨネーズなどを塗って油分で膜を作る。布巾をかけて軽く上から重しを置きパン生地と具を密着させる。
9. 乾かす

乾パン
軍用の食糧として開発され、災害時の非常食として、登山の携帯食糧としても用いられている小型のパン。 含水量が少なく保存性に優れ、食料品が凍結してしまうような寒冷地では重要な食糧となっている。小麦粉、砂糖、ごま、食塩、ショートニングなどにイーストを加えて発酵させ焼き上げる。缶詰の製品には、糖分を補い、唾液分泌を促すために氷砂糖も入っている。すでにローマ時代に兵糧として用いられた。日本では明治時代には陸軍が乾パンの元祖「重焼麺麭( じゅうしょうめんぽう)」を作った。

長時間熟成発酵後、窯に蒸気を吹き込み、遠赤外線オーブンで内部まで十分に 焼きデンプンをアルファ化させる。暖かいミルクに入れてふやかせば食べやすい。
10. 載せる

Pizza(ピザ)
強力粉、イースト、砂糖、塩、オリーブオイルを混ぜ、十分こねた生地の上にトマトソースを塗り、 野菜やハム、きのこ、チーズなどの具を載せて窯で焼く料理。発祥は18 世紀後半のイタリアのナポリだと言われている。 煉瓦を積み上げた窯で焼いたピザが美味しいとされ、窯のないイタリアの家庭ではあまり手作りしない。 19世紀末にイタリア系移民が米国にピザを持ち込み、20 世紀には世界中に広がった。

オリーブオイルを生地に入れるとグルテンが伸びて薄いピザができる。 窯のふく射熱の高温で焼くと、外がカリッとして中がもちっとしたピザになる。
11. 象る

Pain de decorte(パン・ド・デコルテ)
フランスのPain de decorte(飾りパン)はパンの土台の上に、パンで貼り絵のように絵を描き焼きあげるもの。 ドイツではクリスマスの頃、ジンジャーブレッドを包丁で切ってパーツをつくり、ホンダン(再結晶化したクリーム状の砂糖衣)で模様を描いたりつなぎ合わせ、 家や城をつくる。イタリア南部には復活祭などの祭日にパンでアーチを作ったり、 キリストやマリア様、花などの自然をモチーフにした飾りパンを焼く伝統が残っている。

練った小麦は粘土のように細工がしやすい。焼き上がってから形が変わらないよう、 グルテンが少ない小麦を配合するようにする。保存性が高いので長い間、展示することが可能である。
12. 浸す

French Toast(フレンチ・トースト)
朝食・軽食として世界中で食べられているパン料理。 スライスした食パンやフランスパンを、溶いた卵と牛乳、オレンジジュースなどの液に漬けてフライパンで焼いたもの。 17 世紀のフランスの古書では、硬くなったパンをデザートとして「生き返らせる」ことができるレシピ、 ”Pain Perdu”( 失われたパン)として紹介されており、フランス、ベルギー、 コンゴ、北米の一部では今でもそう呼ばれている。

老化したデンプンに水を含ませ、熱を加えることで、硬くなったパンもしっとりした食感を取り戻すことができる。