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私たち「進々堂」のパン造りは、「ノートル・パン・コティディアン」という思想に基づいています。すなわち「私たちの日ごとの糧」という意味で、キリスト聖書に由来する言葉です。

「進々堂」の創業者である私の祖父・続木斉(ひとし)は、内村鑑三の門下生として聖書と近代思想を学んだクリスチャンでした。フランス文学にも造詣が深かった斉は本場のフランスパンに憧れ、1924年に日本人として初めて製パン技術を学びにパリへ留学したことでも知られています。
斉がパン造りを始めたそもそもの動機は、人々を脚気(かっけ)から救いたいという思いからでした。当時、日本では毎年300万人以上が脚気でなくなっていました。ビタミンB1欠乏症です。

ところが日露戦争が終わって日本に残ったロシア人が開いたパン屋さんの黒パンが話題になった。その黒パンを食べるとたちどころに脚気が治る、と。 「黒パン」に含まれていたビタミンが効いたんですね。
「パン造りを通して神と人とに奉仕する」という斉の原点の思いは、1世紀を超えた今も「進々堂」に引き継がれています。

職人が多く忙しい京都人にとって、毎日の食卓を豊かにするパンとはなにか。
その答えの1つとして「進々堂」は1952年に、日本初となるスライスした食パン「デイリーブレッド」を開発しました。今では食パンはスライスして売られているのが当たり前ですが、それまでは一巾まるごと売られているのが一般的で、非常に手間のかかる食品だったのです。

「デイリーブレッド」は爆発的なヒットとなり、全国からさまざまなパン屋が見学に来ました。日本中のどの都市よりも先駆けて朝は食パン、というスタイルが京都に定着するきっかけになったかと自負しています。

いまや京都のみならず、パンは日本中でよく食べられています。大手パンメーカーの水準は目を見張るものがあり、世界の中でこれほどレベルの高いパンが安定的に供給できている国は他にないでしょう。もはやパンは日本人の主食と言ってよいのではないでしょうか。

パンを中心とした西洋の食文化を取り入れることで日本人の寿命が飛躍的に伸びた、これはその通りだと思います。

私は、食生活でいちばん大切なことはバランスだと考えます。正しいものを選んで正しく食べることで、健康が守られる。食に携わる者の使命は、“正しい選択肢”をきちんとご提供することだと思います。日本人の命の糧となり、心豊かな生活をわかち合う食品であり続けること。これからも、パン文化が日本の食卓を支える一翼であり続けることを願っています。

大正2年(1913年)京都に創業したベーカリーショップ。創業者の続木斉(つづきひとし)氏は日本人で初めてパリへパン留学したことでも知られている。パリから帰った斉氏はドイツの窯を輸入してフランスパン製造販売を開始。西欧文化の香りを求める当時の京都の人々から絶大な支持を得て、京都を代表するベーカリーショップとしての基盤を築いた。以来「お客様の命の糧となる、まじりけのないパンを造りたい。パンのある心豊かな生活を、お客様と分かち合いたい」という信条のもと経営を拡大。京都に根差すベーカリーショップとして100年を超えて愛され続けている。